錬金術(Alchemy)

すなわて、化学は、金、銀をつくることを教えて錬金術師を豊かにすると同時に、万病薬をつくって病気から身をまもり、ついには、宇宙の魂、普遍的霊とみずからを一体化することによって完全なる幸福を得ようと欲する錬金術(l'alchimie)に由来するのである。
ベルトゥロ(M. Berthelot)『錬金術の起源(改稿版)』(内田老鶴圃、昭和59年、p.1)

霊的錬金術の誕生あるいは再発見

 錬金術は、実際に工房(ラボラトリー)で作業する錬金術と、錬金術の過程を心理的過程と捉える心霊的(スピリチュアル)な錬金術(spiritual alchemy.)に分類できる。
 黄金の夜明け系においては、通常後者が問題となる。

 錬金術を、物理的作業(今でいうところの化学)ではなく錬金術師の内面の問題、あるいは物理的作業と内面の両方の問題とする捉え方は、『心理学と錬金術』(Psychologie und Alchemie, 1944/1952)などで知られる、分析心理学の創始者C.G.ユング博士(Carl Gustav Jung、1875-1961)が有名である。

 しかし、このユングに先行すること実に一世紀前後、少なくとも親子二代にわたる錬金術研究一家の娘メアリー・アン・アトウッド(Mary Anne Atwood、1817-1910)夫人は、『ヘルメスの神秘への示唆的探究』("A Ssuggestive Inquiry into the Hermetic Mystery",London, 1850)の中で、錬金術を心霊的に解釈していることは注意されるべきである。このことは、曲がりなりにも学術として認知されている分析心理学にジェラシーを感じるオカルティストには、ちょっとした自慢であり、面目が立つところである。
 この「アトウッド夫人の記念碑的著作」(フォーチュン『神秘のカバラ―』13:2、大沼訳128頁)は、結果的には、著者により回収・廃棄され、オリジナル版はそれ以前に寄贈・売却されたものしか残らなかった。しかし、大きなインパクトをもってイギリスのオカルト界に影響を与えたといわれている。
 現在では、リプリント版やインターネットなどで手軽に参照できる。


黄金の夜明け団の伝統の中では

 GD系統では、オリジナルGDにおいて、ウェストコット(1848ー1925)が錬金術を主題とした飛翔する巻物第7巻を書いている。同文書は、第二団創設より以前の1890年に行われた講義をまとめたものとされている。カバラの四つの世界のモデルを引いて、各世界に応じた錬金術があると述べている。同資料に含まれる記述の一部には、現代の一般人の科学的知見からみて、明らかに事実と異なる記載があるが、資料的価値は認められる。また、第二団設立後、Z2文書の5章に錬金術作業への0=0儀式の応用を示している。上記飛翔する巻物でウエストコットが採った立場からの、簡略な作業手引きといえる。
 また、同時期GDの長老格メンバーであり、前期アトウッド夫人と同世代のW.A.エイトン(William Alexander Ayton(1816ー1909)、魔法名:Virtue Orta Occident Rarius)がラボラトリーの錬金術に従事していたことが知られている。

 また、GDとの関係で重要な公刊書籍としては、まずは、GDメンバーを想定した副読本集Collectanea Hermetica所収の錬金術文書であり、1714年に「哲学者たちの恋人」により訳出されたものをウエストコットが注釈・改訂した『浄化された炎』("AEsch Mezareph")が挙げられる。  同書は、『エッシュ・メツァレフ』、『アッシュ・メザレフ』の表記で我が国では紹介されることがある。同書は、『カバラ・デヌダータ』に収録されていた資料である。邦語文献では、ゲルショム・ショーレム『錬金術とカバラ』(作品社、2001)が、その出所や由来について詳しい。また、同名の文書はレヴィの邦訳『大いなる神秘の鍵』(人文書院、2011)391頁以下に収録されている。ただし、ウエストコットと比較した場合、レヴィはかなり恣意的な訳をしている。例えば、ウエストコット版が"Natural Wisdom"と訳しているところを「イシスとヘルメスの知恵」(前掲書391頁)と訳している。
 さらに、上記副読本集所収の他の錬金術関係文書、及び当時のオカルティストが良く参照したと思われるウェイトの一連の錬金術資料の英訳が重要である。

 このように錬金術自体については、GDの文書での言及はやや少ないが、ウェイトが多くの錬金術書の紹介をしており、また、錬金術を研究していたメンバーも少なからずいたようである。例えば、AOの著名メンバーの中には、錬金術に関し複数の著作を残した者がいる。

 それら以外にも、時代はやや下るが、1936年の冬から1937年の間ロンドンにおいて、リガルディ(Israel Regardie)が執筆したというスピリチュアルな錬金術を論じた『哲学者の石』(Israel Regardie "The Philosopher's Stone: Spiritual Alchemy, Psychology, and Ritual Magic")が有名である。リガルディは、ユングをほぼ知らずに同書を執筆した(のに、同様の知見に到達した)ということを自慢したがる人がいる。同書は、リガルディの弟子筋とされるキケロ(英語読みならシセロ)夫妻(Chic Cicero, Sandra Tabatha Cicero)による増補改訂版が入手できる。なお、2015年には彼の遺稿としてキケロらにより"Gold: Israel Regardie's Lost Book of Alchemy"( Llewellyn, 2015)が出版されている。

 また、ポール・フォスター・ケース(Paul Foster Case, 1884-1954)は、タロットやゲマトリアと関連付けながら、ウェイトなどが訳した錬金術文書等を巧みに引用しながら、独特の霊的錬金術を論じている。彼の著作の大多数は、メンバー向けの内部文書ではあるが、公刊書としては"Esoteric Keys of Alchemy"(Ishtar Publishing, Vancouver, 2006)等が挙げられる。彼の創設したBuilders of the Adytumは、公刊された資料は少ないが、多くの者にレッスンを提供しており、彼の錬金は、意外と影響力があるので注意したい。
 さらに、ケースと同時代の作品としては、Edward John Lanfgord Garstin(1893-1955, 魔法名Animo et Fide)"The Secret Fire: An alchemical Study"(Rosicrucian Order of the Golden Dawn, 2009)などがある。なお、彼は、Kuntzの"The Golden Dawn Source Book"P.191ではSMで入団したと書いているが、上記SFの前書きでは、AOのカンセラリウスとして紹介されている。

 また現在でも、Pat Zalewskiなども以前より錬金術について著作で言及している。彼の元妻にして共同研究者であったChris L. Zalewskiは"Herbs in Magic and Alchemy: Techniques from Ancient Herbal Lore"(1990)を出版しているし、彼女との共著である"The Magical Tarot of the Golden Dawn: Divination, Meditation and High Magical Teachings"ではタロットに錬金術の工程を当てはめて紹介している。もっとも、2014年6月時点で、彼の最新作の錬金術に関する著作Pat Zalewski"Alchemy and Golden Dawn Ritual"については、アマゾンのレビューなどではGDとの名前を使っているが、GDの伝統に属するものではないなど、きびしい批判が書かれている。

 最後に、未読だが期待される資料として、Mark Stavish"Introduction to Alchemy - A Golden Dawn Perspective" (CreateSpace Independent Publishing Platform, 2016)を挙げておく。


現代のラボラトリーな錬金術(ラボ錬金術)

 現代のラボラトリーな錬金術(ラボ錬金術)では、ソルトレイクシティのパラケルスス・リサーチ・ソサエティー(the Paracelsus Research Society)の創設者で、AMORCのメンバー、"Alchemist's Handbook"(1960)等の著作で知られるFrater Albertus Spagyricus (Albert Richard Riedel、1911-1984)が著名である。同書では、いわゆる植物を使用した錬金術が取り扱われているが、実践オカルティスト界隈で、非常にインパクトをもって迎えられたといわれている。
 現在、オカルト界隈で行われる工房で行う入門的錬金術では、同書の影響もあり、鉱物よりも植物を使ったものの方が多い印象がある。鉱物より植物の方がさまざまな難度が低いし、鉱物の手引書を下手に書き事故を起こされると訴訟沙汰になりかねないからであろう(現在では、この手のマニュアル本には免責事項の記載がある)。
 ちなみに、彼が部数限定で復刻した17世紀の錬金術文書"Praxis Spagyrica Philosophia"(Salt Lake City、1966)はリガルディの前掲書でも触れられている(1968年の二版前書き)。アメリカのオカルティストの横のつながりが感じられる。

 またアメリカの、Frater Albertus Spagyricusらと異なるトレンドとして重要と思われるのは、日本でも『大聖堂の秘密』(国書刊行会、2002)で知られるフルカネリ(Fulcanelli、1920年代に活躍)のトレンドに属するフランスのラボ錬金術である。フルカネリの他Roger Caro(a.k.a. Kamala Jnana, a.k.a. Pierre Phoebus(1911 - 1992)などが良く知られている。ちなみにCaroの英語版The Entire Great Work Photographed(Lapis Pub., 2013)の発行場所は大阪市である。

 また、近年では、Alchemy Guild(IAG:International Alchemy Guild。1998年にDennis William Hauckによって創設された。URL:http://alchemyguild.memberlodge.org/)などのメンバーがインスタグラムなどのSNSで自らの工房や化合物の写真を投稿していることがある。


エメラルド・タブレット(Tabula Smaragdina)

 著名な錬金術の基本資料は、エメラルド版である。アラビア語などを経由して数種知られている。エメラルド版の種類については、ある雑誌論文が良く引用されるが、コピーを入手できなかった。多様な版の研究の紹介としては、秋端勉『魔術原論』(三交社、2020)が詳しい。


作業過程

これについては、諸説ある。詳細は錬金術に関する専門書に当たって欲しい。錬金術の工程について、GDでは、Z2文書で取り扱ったほかは、団の文書として、詳細は教授していなかったようだ。
 以下に紹介するのは、ヨセフス・ケルケタヌスが1576年に紹介したものである。これは、西洋のオカルティストにもよく読まれているC.G.ユング『心理学と錬金術II』(人文書院、1976。P.20f)で紹介されたものであり、広く通用するものとして紹介するものである。また、12工程というイスラエル12支族、黄道12宮に対応し得るものであるから、汎用性も高いと思われる。なお、黄道12宮との関連については、A.J.ペルヌティ(Antonine Joseph Pernety, 1717-1802)の『神話・ヘルメス辞典』(パリ、1787)で「偉大なる作業の際の12の段階」(下記のケルケタヌスの12の工程とは若干の異同が認められる)と12宮との間の関係について示している(ベルヌティの対応については後掲ホームヤード(1996)P.132参照)。

 各工程を表す用語の具体的は以下の通りである。説明は後掲ロバーツ(1999)の「錬金術用語解説」から引用した。機械的に引いたので、細かいズレがあるので留意して欲しい。また、ロバーツと先にリストとして挙げた訳語が異なる場合は「・」の後にロバーツで使用された訳語を挙げた。()内のL, Eはそれぞれラテン語表記、英語表記であることを意味する。「」の後に列挙したものは前を象徴するものである。


三原質(三原理)

 錬金術では、硫黄、水銀、塩を三原質(三原理)と称して重視する。残念ながら訳語は一定していない。GDでは、第二講義文書に「自然の三原理」として登場する(江口訳『全書』上、73頁)。
 近年では、インド(ヨガ)の三グナと対応させて論じられることが多い。身もふたもないことをいえば、「三原質=三グナ」として、インドの三グナに関する議論を盗用している。何を書いているか分からない錬金術文書より使い勝手がいい資料が手に入るからであろう。
 なお、三グナとは、以下をいう。説明はちょうどこれを打っているときに手の届く範囲にあった鎧淳訳『完訳 バガヴァッド・ギータ』(中公論社、1998)から引用した。基本概念なので、必ず複数の文献の定義を参照して欲しい。

 三原質との対応は、お察しの通り、サットヴァ=水銀、ラジャス=硫黄、タマス=塩である(クロウリー「777」Col.LXIX、Col.CLXXIの注(Weiser版P.143、146)、やケースの著作等参照)。P. F. Caseは、それぞれを、Wisdom(知恵)、Desire-force(強く望む力)、Inertia(不活性、慣性、惰性(力))に対応させている。


三原質と四大

 硫黄=火、水銀=水、塩=風
 この割り付けは、ウェストコットの7壁の解説による。GDでは水銀に青、硫黄に赤、塩に黄の色彩を配色している。なお、Builders of the Adytumの紋章では、水銀が黄、硫黄が赤、塩が青の下地に書かれ、水銀と塩の色が入れ替わっている。
 また、この配置は、参照し易いところだと、スタニスラス・クロソウスキ・ド・ローラ(種村季弘訳)『錬金術:精神変容の秘術』(1978、平凡社)で紹介されているアルベール・ポワソンの解説(P.50)などとは違うところもある。他の文献をみるときに混乱しないようにして欲しい


惑星と金属

 錬金術というよりは、オカルト全般で惑星と金属の対応は良く用いられる。「土星=鉛、木星=錫、金星=銅、火星=鉄、水星=水銀、月=銀、太陽=金」と対応させるのが伝統的である。また、惑星を介して、ギリシャ・ローマの神々とも関連付けられる。オカルト文書では、銅という代わりに、金星(ウェヌス)と表現する場合がある。GDでは、第二講義文書で紹介される(全書上、73頁)。


生命の木と錬金術

 まず、まず一般論として、カバラと錬金術は相性が悪いと思われることを理解しておこう(G.ショーレム(『錬金術とカバラ』))。理由は簡単である。錬金術において金は最高であるところ、生命の木では、金が太陽が結び付くことから、第6のセフィラ―であるティファレトに配属されるが、ティファレトは生命の木では最高のセフィラ―ではないからである。
 この問題については、ウエストコットの飛翔する巻物7巻などは、興味深い回避を試みているように思われる。

 さて、GDでは、生命の木と錬金術との統合として、三原質のサインを木に投影する方法(塩と硫黄につき「第五知識講義」前掲書、115頁。水星の象徴につき「第四知識講義」前掲書、90頁)、及び生命の木における錬金術配属二種(「第五知識講義」前掲書、112頁)を伝授していた。

 生命の木へのサインの投影については、セフィロトなどの性質などを考えつつ眺めていると、面白い気付きを得ることができるだろう。生命の木に、シンボルと投影してみるというのは、おそらくGDが始めたことで、GDの得意技の一つといってよい。GDではほかに六芒星、五芒星、ヘルメスの杖などを投影している。

 また、生命の木における錬金術配属(下表参照)は、『カバラ・デヌダータ』に収録されていた『浄化された炎』("AEsch Mezareph")の影響下で成立している。
 同書については、レヴィの仏訳の邦訳が鈴木啓司訳で『大いなる神秘の鍵』(人文書院、2011)391頁以下に収められている。レヴィの翻訳の正確性は気になるところであるが、ウェストコットも参照していただろうと強く疑われる翻訳である。この対応を研究する者は、ウェストコット版の英訳と注釈と比較しながら精読すべきであろう。

生命の木と金属等の対応

生命の木惑星対応錬金術配属1錬金術配属2飛翔する巻物第7巻
ケテルなし水銀金属の根源水素
コクマーなし酸素
ビナー硫黄窒素
ケセドフッ素
ゲブラー塩素
ティファレト炭素
ネッアク両性具有的真鍮臭素
ホド水銀真鍮ヨウ素
イエソド水銀
マルクトなし哲学者の水銀金属薬硫黄

GDの講義文書等で解説されている用語

 GDは講義文書などでいくつかの用語を解説している。GDの指導者が特に重要であると思った用語と思われるので、しっかりと把握、検証する必要がある。

 「第二講義文書」全書上73頁で触れられているもの。    

 「第五知識文書」全書上114〜115頁で触れられているもの。なお、大烏、獅子、鷲については、Key No.14節制の古いバージョン(「予備門儀式」全書上310〜311頁)を、少しだけ彷彿させる。器具については、器具の説明であるので、哲学者の卵を除いて名称のみ挙げる。


文献

 秋端勉『実践魔術講座』上巻は本格的な読み物だが、魔術に関する総合的な教科書ではなく、あくまでも彼の団体のプロベイショナー向けの「第一講義文書」という体裁を装い、かつ、彼の団体がGDスタイルということになっているので、GDの第二知識講義文書以降に配されている内容については、彼の団体の「第二講義文書」以降に譲られており、『実践魔術講座』では取り扱われていない。
 その結果、あの大著のみを学んだ者は、そこで語られる膨大な周辺的な最新の学術的内容を学んでいるが、その一方で、錬金術の三原質といった西洋オカルティズムの基礎的事項も知らないという、極めて歪な魔術修行者となってしまう。
 その点について、『実践魔術講座』で勉強しているものは、非常に注意しなければならない。同書は、プロベイショナー向けのものながら、あくまでも、邦訳のある著名な魔術書を学んでさらにステップアップをしたい者に向けた書かれた、という体裁のものである。(注:2021年現在秋端勉『魔術原論』(三交社、2020)により、第二講義文書以降が公開されている。)

 錬金術に関しても、現在においては、日本語で読める多くの書籍がある。ひとまずそちらにあたれば、錬金術の概要を理解するには十分である。
 例えば、ハードカバーの本だと、ガレス・ロバーツ(Gareth Roberts, -1999)『錬金術大全』(目羅公和訳、東洋書林、1999。1994年にThe British Libraryから出版された"The Mirror of Alchemy"の翻訳。)は、200頁程度の本で分厚くない、内容も無駄に専門的ではない、かつ、ちょっとした錬金術用語解説(グロッサリー)や大英図書館の手稿・写本の小目録(ただしルルスとリプレーを除く)があり、値段も3000円弱でと手頃かもしれない。以下の著者の言葉も初期に読む一冊として妥当ではないか、と思わせる。

「この本には目標がふたつある。ひとつは、西ヨーロッパの錬金術の歴史と基本概念、用語、前提を記述し説明する試みをしていきながら、読者に錬金術の『初等読本』ないし手引書を提供することである。もうひとつは、そのために三世紀から十七世紀までの錬金術に関する著作から、とりわけ錬金術のひどく比喩的な言葉づかいや視覚イメージから実例を引いて示すとともに、錬金術に関する文献の著述と伝播が絶頂にあった十五世紀から十七世紀までの資料に焦点を当てることである。」
 ロバーツの紹介の最後に、この本の今日的価値の一つは、手稿の小目録である点を触れたい。というのは、今日結構な数の手稿がネットで参照できるからである。手稿の整理番号などをググれば今まで見ることができなかった手稿を見ることができる。

 もっとも、錬金術の分野は、上を見ると英語訳もないギリシャ語、アラビア語、ラテン語などの暗号で書かれた本まで参照しなければならず、キリがない。そして、そもそも錬金術の信頼性の問題もあるが、玉石混交な広範な文献を集めるのがほんとに役立つかも疑問である。よほど好きでない限りほどほどにやるのが、実際的だとと思う。

 邦語文献では、ロバーツ以外の軽くて薄い読み物としては、河出書房新社の「聖なる知恵入門シリーズ」のチェリー・ジルクリスト『錬金術:心を変える科学』(桃井緑美子訳、河出書房新社、1996)、講談社現代新書にある澤井繁男『錬金術:宇宙論的生の哲学』(講談社、1992)などは、手軽に読める入門書である。前者の聖なる知恵入門シリーズには、マリアン・グリーンやR.A.ギルバートといった、わが国でも知られたオカルティストの著作がある。フランス系の資料だが文庫クセジュのセルジュ・ユタン『錬金術』(有田忠郎訳、白水社、1972)も入門書としてよく読まれている。
 そのほかにも、吉村正和(1947-)『図説錬金術』(河出書房新社、2012)、スタニスラス・クロソウスキー・ド・ローラ『錬金術:精神変容の秘術』(種村季弘訳、平凡社、1978)、ヨハンネス・ファブリキウス『錬金術の世界』(大瀧啓裕訳、青土社、1995)などは、図版の率が高い本といえる。これらも、図版はきれいだが分厚いファブリキウスを除き、薄くて取り組みやすい。2018年には、325頁で約5000円とややお高い印象があるがローレンス・M. プリンチーペ(Lawrence M. Principe)の『錬金術の秘密: 再現実験と歴史学から解きあかされる「高貴なる技」』(勁草書房、2018)が出版されている。副題通り再現実験が紹介されており、実験によって生じた化合物などのカラー写真は非常に興味深い。また、同書には、スピリチュアルな錬金術の広がりについても記載がある。

 分厚く、物理的にも内容的にもカタイ本(化学史の観点からの著作)としては、16,17世紀の化学史・医学史研究の泰斗アレン・G・ディーバス(Allen G. Debus, 1926-)の『近代錬金術の歴史』(川崎勝・大谷卓史訳、平凡社、1999)がある。ディーバスは、値段もお高く、実践オカルトに直結しない内容であるが、趣味が合う人には価値が高い。また、それよりも若干薄い本としては、E・J・ホームヤード(Eric John Holmyard, 1891-1959)『錬金術の歴史:近代科学の起源』(大沼正則監訳、朝倉書店、1996)がある。原書は、ペリカン叢書の一冊で、1957年発行と少し古いが、「発刊以来今日まで、錬金術や化学史に関心をもつ人たちの間ではもちろんのこと、一般教養向けとしても定評のある書物」(大沼前掲書P.i)である。
 もちろん、分厚い他の本としてはユングの『心理学と錬金術』『結合の神秘』なども挙げられる。ユングは注や引用が充実している。ユングの心理学ではなく、引用された錬金術文書を読むために読む人も多い。同じく、心理学系の本としてはE.F. エディンガー(Edward F. Edinger)の『心の解剖学―錬金術的セラピー原論』(新曜社、2004)も一部で読まれているようだ。また、2020年現在品切れ中のようだが、アレクサンダー・ローブの『錬金術と神秘主義―ヘルメス学の博物館 (クロッツ・シリーズ)』(タッシェン・ジャパン、2004)も評価が高い(同じ著者の同名の『錬金術と神秘主義 (アイコン) 』(タッシェン、2006)が存在するので注意)。

 また、少し古いがピエル・ウージュヌ・マルスラン・ベルトゥロ(1827-1907)『錬金術の起源(改稿版)』(内田老鶴圃、昭和59年)は、原著は1885年、翻訳も改稿版で1984年と少し古いが、著名な有機化学の専門家(彼は政治家として外務大臣などを歴任している。)による19世紀末の最も先進的な錬金術についての考えを知ることのできる好著である。もっとも、同書は、著者が有機化学の専門家であること、邦訳書が古典化学シリーズ第一巻として出されていることから察せられると思うが、私たちの興味の観点からは、すこしヘビーな本である。

 他にも、白水社の出しているヘルメス叢書に含まれる錬金術文書などもあるし、ちょっとした学術書において錬金術文書が付録として訳されている場合などもある。

 1990年以降、把握が困難であるほど、実に多くの作品が日本でも出版されている。詳しくは、ネット検索や上に挙げた書籍の文献表等で探してみて欲しい。



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作成者: JAGD
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