哲学について


  なぜ、魔術のページに哲学の項目があるのか。

  私達の学んでいる魔術は、ヘルメス結社黄金の夜明け団の構成した魔術を基本にしたものです。黄金の夜明け団は、「オカルト科学の原理とヘルメスの魔術を構成員に教授するヘルメス協会」です。端的に言えば、黄金の夜明け団の主題はヘルメス主義です。そして、ヘルメス主義者は自らを「哲学者」と規定しています。なぜ、哲学が関係するのか、そのような問いを発すること自体が、ヘルメス主義について理解していないということです。
 ただ、これでは意地悪な揚げ足取りです。誰もが最初は初心者です。特に、わが国では、果たして哲学なるもの、そしてその効用が、国民の大部分に理解されているのか、非常に疑わしい状況にあります。人は利益を求めるものですから、あるものの効用(利益)を知らなければ、それを学ぶ意義を見出せないのは、当たり前のことです。ですから、哲学の効用について、少し考えてみましょう。

 黄金の夜明け団では、ヘルメス学的側面、薔薇十字的側面、メイソン的側面、錬金術的側面などが綜合されています。そしてこれらは新プラトン主義の影響を受けています(注1)。新プラトン主義はその名の通りプラトンの影響下にあります。プラトンはソクラテスの弟子ですが、ピタゴラス教団の教義の影響を強く受けているとされます。そこで古典的な答えの一つをピタゴラス教団の教説に求めてみましょう。

彼らは魂の輪廻転生ということを信じていた。人間は天上を追われた霊魂であり、われわれの身体(ソーマ)は魂の墓標(セーマ)である。したがって、われわれはこの世の生において、可能なかぎり魂を身体の汚れから解放し、最終的には、魂を完全に清めて転生と輪廻の輪から抜け出すことを目指さなければならない。清めのための最善の方法が、この宇宙の秩序を知るように努めること――とりわけ、この宇宙にあって永遠的であるように見えるもの、例えば天体の運動や数学的な真理などを知るように努めることである。こうした秩序や調和を学ぶことによって、魂もまた秩序立ったものとなり、自余の全宇宙の構成と調和しあったものとなるであろう。
(ブラック プラトン入門p130f.、岩波書店、1992)
 ここでは、直接哲学について述べられていませんが、「宇宙の秩序を知るように努めること」を哲学に読み替えれば、概ね私たちの主張となります。私たちが哲学を学ぶ理由の一つは、それが、@自らの魂を清めること、A自己と宇宙とを調和させること、その二つに役立つ、と考えるからです。

 哲学の効用について、より一般的に、かつ、明確に、知りたい方は、廣川洋一訳・解説『アリストテレス「哲学のすすめ」』(講談社学術文庫、2011)などを、お読みください。同書は、「エジプト人の秘儀について」で有名な新プラトン主義のイアンブリコスにより保存されていたテクストを中心に構成したものです。残念ながら、イアンブリコスなどのテクストに保存された形でしか、現代に伝わっていませんが、極めて影響力があった著作といわれています。

 そのほか、より実用的な側面からは、カバラやヘルメス主義のさまざまな文書(思想書や儀式文書)(注2)で用いられている言葉(用語、ターム)、そこでの問題意識が、アリストテレスや新プラトン主義といった、西洋の古典期の哲学に由来するから、学ぶ必要がある、といえます。
 身も蓋もない言い方をすれば、あるていどそれらの知識がないと、何が問題なのか、何を書いているのかさっぱりわからない、そんなことになりかねません。


「われわれは哲学すべきである」

(注1)新プラトン主義とヘルメス主義との関係については、水地宗明監修『ネオプラトニカU:新プラトン主義の原型と水脈』(昭和堂、2000)所収の町野啓「ヘルメス主義、グノーシス主義、プラトン主義」(PP.168-184)等も参考になる。
(注2)ヘルメス主義の根本資料である『ヘルメス文書』は、多数の冊子より構成されるが、伝統的には主として9世紀から11世紀に、ビザンティン時代の編纂に係る「哲学的ヘルメティカ」と通称される17冊の集成がその中心とされる。これについては、荒井献・柴田有による邦訳『ヘルメス文書』(朝日出版社、1980)がある。また、黄金の夜明け団との関係では、ウェストコットが中心となり、独自の編纂に係る"Collectanea Hermetica"を編纂している。
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作成者: TRK
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