ブノワは1893年にパリで生まれ、ナントの美術館館長を歴任した人物で美術関係の畑の人である。ブノワは1928年からゲノンの研究をはじめ、本書も構成に端的に現れているように、20世紀前半のフランスの伝統主義者ルネ・ゲノンらの「世界のさまざまな伝統は、単一の原初の伝統から発したものであり、表面上は各民族の心性(メンタリティ)に適合してヴァラエティにとんでいるが、根本では、とりわけ秘教的伝統のレベルでは同一である」(田中義廣「訳者あとがき」『エゾテリスム思想』150)との「永遠の哲学」派(ペレニアリズム)、伝統主義の立場から論述している。
私は、「永遠の哲学」派のような立場をやや理念的過ぎるのではないかとの疑問を感じる者であるが、この考え方はゲノンらの学派によらずとも神秘主義・秘教主義の立場にあるものには少なからず見受けられる傾向である。のみならず、かかる永遠の哲学を想定して論じたほうが複数の伝統を比較した場合、大まかな枠組みに対する<分かり易さ>で優れているのも否定できない。著者の傾向をわきまえて読むのならば入門書として分かりやすい。著者は団体などの伝承について、全体的にやや無批判に受け入れているようにも思われる。また、著者の立場を勘案すると、エソテリズムに対する捉え方、各概念の捉え方についてそのよって立つ見解の傾向が反映されている危険がある。最終的には他の文献を比較対照する余地はあろう。
さて、ブノワは第一部で概論を論じる。この部分が「永遠の哲学」あるいは根源の伝統の各要素についての記述である。よくまとまっており、分かりやすい。
第二部では歴史的形態、具体的な各伝統であるが、東洋と西洋の分け方など西洋人の西洋と東洋間がよく見える。日本人の無意識なジャンル分けでは、ヘブライの伝統はあくまでも西洋との関係で認識し、西洋に含ませる人も半数ぐらい入るかもしれない。基本は自分の帰属集団VSその他であろうか。
なお、東西の特に著者の注目した伝統を紹介したと言っても、数ページの紹介であり各伝統の紹介としては薄いと言わざる得ない。ただ、エソテリズムに対するイメージを育むには、全体的に短いものの引用もあり、またブノワらの立場によるものであろうか、紹介の仕方はある程度普遍性のある説明、あるいは他の伝統に嵌め込みができるような説明が多く良好である。
そして、そのような引用が、私たち実践者の立場からは実践に使える考え方も多い点は、大変ありがたい。
読みやすい入門書と言えるので、本格的に学んでいこうとする方には、フェーブルとともにお勧めである。
皆さんの参考のために目次を丁寧に引用した。興味をもたれる見出しが多いと思う。私は、これを機会に皆さんが同書に興味を持ち、読まれる方が一人でもいると嬉しい者です。
訳者まえがき 3
序論 7
第一部 概観 11
一 公教と秘教 11
二 三つの世界 15
三 直観、理性、知性 18
四 伝統 20
五 象徴主義 22
六 儀礼、律動、身振り 25
七 秘儀伝授 27
八 中心と心臓 32
九 大密儀と小密儀 35
一〇 三つの道、カーストと職業 38
一一 民話 41
一二 中間的な世界 47
一三 神秘主義と呪術 48
一四 行為、愛、美 52
一五 大いなる平安、心の祈り 57
一六 場所と状態 61
一七 特性を帯びた時間、循環期 66
一八 至高の同一者、永遠の≪化身≫ 69
第二部 歴史的形態 75
第一章 東洋 75
一 ヒンズーの伝統 76
二 仏教 81
三 中国の老荘思想 85
四 禅宗 85
五 ヘブライの伝統 94
六 イスラムの伝統 98
第二章 西洋 105
一 キリスト教の秘教 105
二 ギリシャ正教の神秘的静寂派 110
三 神殿騎士団、愛の信徒団、薔薇十字団 115
四 ヘルメス学の宇宙論 120
五 同業組合、フリーメーソン 123
六 マイスター・エックルハルトとニコラウス・クサヌス 127
七 神智学者たち 130
八 ロマン派の伝統重視 132
九 東方ルネッサンス 137
結論 145
主要参考文献 i