基礎概念について


 本稿は、「黄金の夜明け」で使用される基礎概念について、簡単な補足を加えるものです。

 このページで挙げられる基本概念に対する、私たちの基本的スタンスは、

「『黄金の夜明け魔術全書』上巻の外陣の講義文書を読め!」

です。

 「黄金の夜明け」の外陣の講義文書については、その「薄さ」が極めて有名ですが、見方を変えれば、必要最小限度の基礎概念を、ウェストコットなどが、膨大なオカルティズム>の文献の中から、抽出した、と評価することができます。

 ただ、せっかく抽出してくれたのですが、私たち日本人と、ウェストコットなどが想定したであろう読者とは、範疇が異なります。19〜20世紀前半のイギリス連邦のミドルクラス以上の紳士淑女と、現代日本人では、文化的背景・教育環境が異なるのは当然です。ウェストコットが想定していた読者が当然身につけていた知識を、私たちが身につけていないことは多いでしょう。
 そのような隙間をすこしでも補えないか、本稿は、そのような試みから作成されました。

 以下は、『黄金の夜明け魔術全書』上巻に所収された講義文書を参考に、項目を挙げました。


0 導入:象徴(symbol)と記号(sign)

 導入として、象徴と記号の区別について、主として心理学の立場から解説する。

 象徴と記号の区別について、以前、国内のオカルト系の掲示板で

「記号と象徴の区別もできてないのかよ、ば〜か、ば〜か」
といった趣旨の発言を見た。
 発言者はきっとユングが好きだったのだろう。
 というのは、このような区別を強調する代表的な論者はユングだからだ。「象徴の及ぶ領域を規定しようとして、ユングはしばしば象徴(シンボル)と記号(サイン)の違いを強調した」(サニー・ニコルズ『ユングとタロット:元型の旅』新思索社、2001.P.24)。
 当たり前だが、しかし、ユングの定義が絶対唯一のものではない。不特定多数の者が集合する掲示板において、上記の「ば〜か」は非常に頓珍漢である。相手がユングの立場に立っていない可能性があるからだ。

 とはいえ、しょうもないことで馬鹿にされるのは楽しくもないし、争っても精神力の浪費である。一先ず教養として、オカルトの分野でも人気のあるユングや心理学の定義を押さえておくのがベターである。

 ところで、筆者は、実践オカルトにおいて、ユングのように厳密に区別する実益があるか非常に疑問を持っている。
 というのは、実践のオカルト作業において両者を区別して扱っていない。実践オカルトで取り扱う記号・象徴の多くは、潜在意識なり超越意識なりからそれに対応するものを想起し、あるいは自意識から潜在意識に対してメッセージを伝達するツールとして扱われるからである。また、仮に区別できたとしても両者の境界はあいまいであり、実践オカルトで取り扱う記号・象徴は両者の境界線上に多いからだ。
 奇しくもニコルズが「象徴の呼ぶ領域を規定しようとして」と述べているように、学問として分析心理学を確立するにあたり、その領域を確定するため作業仮説ぐらいに考えるのが妥当であろう。実践者において、扱うものの名辞がいずれであるかは、そこまで重要ではない。

ユングのいう象徴と記号の区別について

「象徴という概念で考えれられているのは、定義困難な、すなわち完全に認識されてはいないことがらを暗示する、確定されていないつまり多義的な表現である。『記号』には固定した意味がある。記号はあるよく知られてことがらを表す(慣例的な)省略または広く使われている表示だからである。象徴にはしたがって多数の類似の変種があり それらがたびたび利用されるほど、象徴によってその対象にかんして描きだされるイメージはいっそう完全に的確になってゆく。」(カール・グスタフ・ユング『変容の象徴:精神分裂病の前駆症状』筑摩書房、1985.P.200。)
「象徴の及ぶ領域を規定しようとして、ユングはしばしば象徴(シンボル)と記号(サイン)の違いを強調した。ユングによれば、記号とは、特定の対象ないしはアイデアを表示するものであり、その意味は言葉に翻訳できるものである(たとえば、縞模様のポールが理髪店を意味し、X印が鉄道の踏切を意味するように)。象徴とは、それ以外の方法では表すことのできない何かのことであり、その意味するところは、あらゆる特定の事物を超越していながら、外見上対立し合う多くのものを含みこむ(例:スフィンクス、十字架など)。」(サニー・ニコルズ『ユングとタロット:元型の旅』新思索社、2001.P.24)(注:傍点を下線に変更した。)

『心理学辞典』(有斐閣、1999)の定義

 当たり前だが、ユングの定義が絶対唯一のものではない。とはいえ、いくつか並べると、「心理学」の学者先生たちの間に存在する、象徴と記号の言葉の使い分けに関する大まかな合意がどのようなものか理解できるだろう。いま「心理学」と強調した点には注意して欲しい、象徴や記号という言葉は心理学以外の分野でも使われるからだ。
「象徴(シンボル)とは、対象を代理し、表象するものであり、意味を伝えるもの(能記)の一つである。その特徴は、指し示される対象(所記)と何らかの点では類似性を残しながらもすでにそれからは分化しているということである。〔…〕ただし、象徴は、しばしば対比される記号と比較すると、社会的な慣習や規約への立脚度が必ずしも高くなく、個人的な色彩が相対的に強い能記の体系であるといえるので、相手によっては象徴が表象する対象が何であるのかということが十分に伝われないこともありえる」(田中孝志、P.412)
「記号のもっとも一般的な定義は、『仲間にメッセージを伝えたい時、それを表すものとして用いる知覚的手段』(田中春美ほか)または『伝達の場面で相手に何らかの影響を与える物理的な刺激』(芳賀純)であるといえよう。伝達において伝えられるべき内容のことを所記といい、伝達するためのものや手段を能記というが(ソシュールの区分)、能記は所記から分化して生じるものである。この能記と所記の分化の程度に応じて、アイコン、指標(インデックス)、象徴(シンボル)、記号(サイン)といういくつかの能記のカテゴリーを設定することができる。〔…〕象徴と記号の相違点としては、能記と所記の間の関係の恣意性の程度および社会的慣習への依存度の違いをあげることができる。象徴の場合、能記と所記の関係は自然的で個人的であるが、記号の場合は両者の関係は非常に恣意的である。また、記号の場合は、一般的にはその社会の構成員に共通の理解をもたらす社会的慣習性を強くもっているのが特徴である。記号のなかでこのような性質を最も明確にもち、最も精巧な体系をなしているのが言語である」(田中孝志、P.158-159)

補記という名の戯言

(補記1)Symbolとsignの違う用語法としては、魔術関係の文書では、秋端勉の「第一講義文書「2章」「5 象徴とその利用法について。」を挙げることが可能である。

「象徴とはある特定の意味を表現し、主として視覚的なイメージで描写される立体像、絵、記号、 ジェスチャー等の総称である。ここで敢えて『視覚的』と断ったのは、音や匂いや味覚が象徴と して用いられることは稀だからだ。」
 ニコルズにあやかれば、象徴の及ぶ領域をユングほど規定(限定)していない定義といえるだろう。

(補記2)本稿の目的と違うが、象徴ないし象徴の機能の理解について「類似」「類比」というのがひとつのキーポイントである。記号においては社会的な慣習が所記を規定するのに対し、象徴においては類似・類比が所記を規定するからである。また、魔術との関係では、以下の記述は含蓄に富む。

「昔の迷信は、世界(および心)のなかの未知のものを適切に表現しようとする象徴であった。把握は物を握ること、すなわち物の『概念』をつかむことを可能にするが、これは所有することを意味するのである。概念は機能としては、対象を支配する呪術的な作用を持つ名に相当する。名によって対象は無害にされるばかりか人間の精神体系に組みこまれ、その結果人間精神の意味と力が高まる〔…〕。〔…〕この類比の形成という道を通って観念と名称の総量が徐々に変わってきた、というふうに思われる。こうして世界観がひろがったのである。とくに強調された内容(感情によって強調されたコンプレクス)は、多数の類比や類義語の映しだされ、その対象はこうして表現されることのよってプシュケーの呪術的なはたらきをする領域に移された。このようにしてレヴィ=ブリューエルがいみじくも『神秘的関与』と名づけた緊密な類比関係が生まれてきた。感情によって強調された内容から出てくる、類比関係をみつけだそうとする傾向が、人間の精神的発達にとって大きな意味をもつことはあきらかである。『……のように』という語に思考の発達史上無比の重要性を認めるべきである、というシュタインタールの陳述は正しいと認めざるをえない。」(ユング前掲書P.220-221)

(補記3)上で引用したようにユングの定義では「認識」といった極めて主観的事情がメルクマールとして採用されていることは強調したい。ある人には象徴であるが、ある人には記号である、ということはあり得よう。また、認識をメルクマールとするのならば、記号の正確な意味が失われることにより、記号が象徴なることもあれば、象徴が慣例的にある事柄を表すものとして使われることのより記号になることも、容易に想像できよう。あるいは、言語として表現できるかを問うならば、それこそ個々人の表現力によるのではないだろうか。
 筆者の持っている象徴と記号の区別に関するイメージは、海や湖畔において、溶解の濃度の違いによって層が分かれた水である。オカルトで使う象徴や記号は、ほとんどがこの水の境界線に浮かんでいる、限界事例ではないだろうか。
 実践オカルトにおいて、記号と象徴の境目があいまいであることについて、例を一つあげる。「水銀」は、象徴である。そして、水銀のマーク(印、三角の下に十字)は、水銀を表す記号である。しかし、そのマークは三角と十字という象徴によって作られている。実践オカルトでは、水銀の記号を、この象徴の統合として考え、そこに水銀の本質的性質が表現されているとみる。そのとき水銀の記号は「記号」であろうか。


1 古代よりの概念

 この辺りは、秋端勉『実践魔術講座』などでもフォローしているところですから、基本的にはそちらを参照すればよろしいかと思います。

1−1 四元素(火・空気・水・土)

 1−1−1

 四大又は五大との「言葉」は、仏教を通じて、古来より日本にも知られています。ですから、当然に「言葉」を聴いたとき、私たちはそれを知っている、理解していると考えてしまいます。しかし、ここでの四大は、古代ギリシャにおけるアルケー(「始原」等と訳される。)に関する議論に端を発したものです。直接には、西洋世界最大の思想家の一人であるアリストテレスの理解に由来すると理解されています。
 私たちは、四大というと、雨や風、緑の大地といった、通常の自然をイメージします。また、古代の哲学者も自然を比喩として用いて語っていますが、おそらく、自然のイメージとアルケーは何かとの議論は、少し異なる話です。
 安易に、「理解している」と、読み飛ばさず、西洋哲学史などの概説的な入門書で、そもそもどのような議論なのかを確認しておくとよいでしょう。また、陰陽五行説における、相克相生の概念を安易に適用する方もおりますが、そちらについても、疑問が残ることを指摘したいと思います。

 1−1−2 性質

 第一講義文書では、乾と湿、熱と冷を、その性質として挙げます。しかし、後の五芒星儀式文書で示されるように、四大には、アリストテレスなどにより、能動と受動といった性質があるとされています。

 1−1−3

 より深く知りたい人は、西洋哲学史の概説書や、アリストテレス『生成消滅論』(『生成と消滅について』)などを参照すると良いでしょう。後者については、岩波のアリストテレス全集や京都大学学術出版会の西洋古典叢書において、刊行されています。

 1−1−4

 既に述べましたが、アルケーとしての四大、と「自然の四大のイメージ」は違いますし、「ユングらのいう四大のイメージ」もやはり違うと思われます。厳密なアリストテレス的な哲学用語としての四大と、実際に魔術のイメージとしての四大の差に注意することを、再度指摘して、この項については終わりにしたいと思います。

1−2 占星術の諸概念

 12宮、7惑星、月節、これらについては、魔女の家Booksをはじめてとして、多くの占星術の名著が日本語でも読めます。深く学びたい方は、そちらを参考にしてください。
 Alan Leoなどの邦訳は余りないようですが、いわゆる「占い」の教科書(初心者向けから、本格的なものからプロ向けの教科書まで)から、心理占星術を扱ったリズ・グリーン(岡本翔子・鏡リュウジ訳)『占星学』(青土社、1994年、なお原題はRelating)、まじめな学術書であるタムシン・バートン(豊田彰訳)『古代占星術:その歴史と社会的機能』(法政大学出版局、2004年, Tamsyn Barton, Ancient Astrology (Routledge, 1994)の翻訳)などまで、現在、日本語で読める本は極めて多種多様です。日本人による作品も、通俗的入門書(ホロスコープの書き方と簡単な意味のみが書かれているもの)が多いものの、良書というべきものがそれなりの数がでています。
 占星術は、西洋では、「占いの女王」などともいいますが、西洋のオカルティズムの中心となる概念は、占星術に由来するものが多いです。しっかりと把握するようにしたいものです。

 今後の学習を見つめ、最低限暗記すべき事項は何か?、を考えると、名称、基本的意味、順番(並び方)、ゾディアックの区分(二区分(男女)、三区分(Cardeinal, Fixed, Mutable)、四区分(四大))と支配星(7惑星で行う伝統的なものと、天王星・海王星・冥王星を使用したもの)が最低限暗記するものではないかと思う。ゾディアックについては、サインを円周にならべ、各区分を線で繋ぐなどすると、理解を助けるでしょう。

 なお、私は、西洋オカルティズムをもって、「星の学び」といってもよいのではないかと思います。この傾向は、この分野において、私たち、日本人と、西洋人との、極めて重要な差異ではないかとさえ思っています。
 もちろん、陰陽道や仏教の宿曜経など、星の文化は私たちにもありますが、西洋とでは比重がだいぶ異なるのではないかと思います。

 冥王星については、2006年8月に、国際天文学連合(IAU)総会で、準惑星(dwarf planet)という分類が採択され、太陽系第9惑星から、ケレスやエリスなどとともに準惑星に分類されることになった。

1−3 ヘブル語のアルファベット

 これについては、特の述べる必要はないでしょう。興味のある方は手始めにZalewskiの『黄金の夜明けのカバラ』の該当分野などで補強すると良いでしょう。なお、これについては、tarotと併せて研究すると非常に効果的です。
 また、この分野については、おそらくほとんどの皆さんが考えているよりも、実に広大で、実り豊かな領域であるというこは、一言述べておきたいと思います。筆者はこの領域において、あまりにもそれまでの日本での紹介者たちが無頓着であったのではないか、と失礼な疑念を持たざるえません。

1−4 セフィロト

 これについても、『神秘のカバラ―』といった、この世界での古典的名著をはじめ、いくつかの翻訳がありますので、そちらを参照してください。ただ、伝統的カバラを本格的にやるのならば、フォーチュンもクロウリーも近代オカルティストの本をすべて擲つべきでしょう(と書いていた方が昔いました)。伝統的カバラ(ユダヤ教的カバラ)と黄金の夜明けの伝統の門は同じなのか、違うとしたら異なる門を二つ同時にくぐることができるのか、慎重に判断すべきかと思います。


2 錬金術

 秋端勉『実践魔術講座』上巻は本格的な読み物だが、魔術に関する総合的な教科書ではなく、あくまでも彼の団体のプロベイショナー向けの「第一講義文書」という体裁を装い、かつ、彼の団体がGDスタイルということになっているので、GDの第二知識講義文書以降に配されている内容については、彼の団体の「第二講義文書」以降に譲られており、『実践魔術講座』では取り扱われていない。
 その結果、あの大著のみを学んだ者は、そこで語られる膨大な周辺的な最新の学術的内容を学んでいるが、その一方で、錬金術の三原質といった西洋オカルティズムの基礎的事項も知らないという、極めて歪な魔術修行者となってしまう。
 その点について、『実践魔術講座』で勉強しているものは、非常に注意しなければならない。同書は、プロベイショナー向けのものながら、あくまでも、邦訳のある著名な魔術書を学んでさらにステップアップをしたい者に向けた書かれた、という体裁のものである。

 また、錬金術自体については、GDの文書での言及はやや少ないが、ウェイトが多くの錬金術書の紹介をしており、また、錬金術を研究していたメンバーも少なからずいたようである。例えば、AOの著名メンバーの中には、錬金術に関し複数の著作を残した者がいる。
 近年では、ザレウスキーなども以前より錬金術についてよく言及していた(もっとも、2014年6月時点で、彼の最新作の錬金術の著作については、アマゾンのレビューなどではGDとの名前を使っているが、GDの伝統に属するものではないなど、きびしい批判が書かれている。)。

 錬金術に関しても、現在においては、日本語で読める多くの書籍がある。ひとまずそちらにあたれば、錬金術の概要を理解するには十分である。
 例えば、ハードカバーの本だと、ガレス・ロバーツ(Gareth Roberts, -1999)『錬金術大全』(目羅公和訳、東洋書林、1999。1994年にThe British Libraryから出版された"The Mirror of Alchemy"の翻訳。)は、200頁程度の本で分厚くない、内容も無駄に専門的ではない、かつ、ちょっとした錬金術用語解説(グロッサリー)や大英図書館の手稿・写本の小目録(ただしルルスとリプレーを除く)があり、値段も3000円弱でと手頃かもしれない。以下の著者の言葉も初期に読む一冊として妥当ではないか、と思わせる。

「この本には目標がふたつある。ひとつは、西ヨーロッパの錬金術の歴史と基本概念、用語、前提を記述し説明する試みをしていきながら、読者に錬金術の『初等読本』ないし手引書を提供することである。もうひとつは、そのために三世紀から十七世紀までの錬金術に関する著作から、とりわけ錬金術のひどく比喩的な言葉づかいや視覚イメージから実例を引いて示すとともに、錬金術に関する文献の著述と伝播が絶頂にあった十五世紀から十七世紀までの資料に焦点を当てることである。」
 ロバーツの紹介の最後に、この本の今日的価値の一つは、手稿の小目録である点を触れたい。というのは、今日結構な数の手稿がネットで参照できるからである。手稿の整理番号などをググれば今まで見ることができなかった手稿を見ることができる。

 もっとも、錬金術の分野は、上を見ると英語訳もないラテン語などの暗号で書かれた本まで参照しなければならず、キリがない。そして、そもそも錬金術の信頼性の問題もあるが、玉石混交な広範な文献を集めるのがほんとに役立つかも疑問である。よほど好きでない限りほどほどにやるのが、実際的だとと思う。

 邦語文献では、ロバーツ以外の軽くて薄い読み物としては、河出書房新社の「聖なる知恵入門シリーズ」のチェリー・ジルクリスト『錬金術:心を変える科学』(桃井緑美子訳、河出書房新社、1996)、講談社現代新書にある澤井繁男『錬金術:宇宙論的生の哲学』(講談社、1992)などは、手軽に読める入門書である。前者の聖なる知恵入門シリーズには、マリアン・グリーンやR.A.ギルバートといった、わが国でも知られたオカルティストの著作がある。フランス系の資料だが文庫クセジュのセルジュ・ユタン『錬金術』(有田忠郎訳、白水社、1972)も入門書としてよく読まれている。
 そのほかにも、吉村正和(1947-)『図説錬金術』(河出書房新社、2012)、スタニスラス・クロソウスキー・ド・ローラ『錬金術:精神変容の秘術』(種村季弘訳、平凡社、1978)、ヨハンネス・ファブリキウス『錬金術の世界』(大瀧啓裕訳、青土社、1995)などは、図版の率が高い本といえる。これらも、図版はきれいだが分厚いファブリキウスを除き、薄くて取り組みやすい。

 また、分厚く、物理的にも内容的にもカタイ本としては、16,17世紀の化学史・医学史研究の泰斗アレン・G・ディーバス(Allen G. Debus, 1926-)の『近代錬金術の歴史』(川崎勝・大谷卓史訳、平凡社、1999)がある。ディーバスは、値段もお高く、実践オカルトに直結しない内容であるが、趣味が合う人には価値が高い。もちろん、分厚い他の本としてはユングの『心理学と錬金術』『結合の神秘』なども挙げられる。ユングは注や引用が充実している。ユングの心理学ではなく、引用された錬金術文書を読むために読む人も多い。

 そして、白水社の出しているヘルメス叢書に含まれる錬金術文書などもあるし、ちょっとした学術書において錬金術文書が付録として訳されている場合などもある。

 1990年以降、把握が困難であるほど、実に多くの作品が日本でも出版されている。詳しくは、ネット検索や上に挙げた書籍の文献表等で探してみて欲しい。

 2−1 3原質

  2−1−1 名称

 硫黄、水銀、塩

  2−1−2 3原質と四大

 硫黄=火、水銀=水、塩=風
 この割り付けは、ウェストコットの7壁の解説による。GDでは水銀に青、硫黄に赤、塩に黄の色彩を配色している。なお、Builders of the Adytumの紋章では、水銀が黄、硫黄が赤、塩が青の下地に書かれ、水銀と塩の色が入れ替わっている。
 また、この配置は、参照し易いところだと、スタニスラス・クロソウスキ・ド・ローラ(種村季弘訳)『錬金術:精神変容の秘術』(1978、平凡社)で紹介されているアルベール・ポワソンの解説(P.50)などとは違うところもある。他の文献をみるときに混乱しないようにして欲しい

 2−2 惑星と金属

 土星=鉛、木星=錫、金星=銅、火星=鉄、水星=水銀、月=銀、太陽=金

 2−3 錬金術のプロセス

これについては、諸説あるところである。詳細は錬金術に関する専門書に当たって欲しい。錬金術の工程について、GDでは、講義文書としては教授していなかったようだ。
 以下に紹介するのは、ヨセフス・ケルケタヌスが1576年に紹介したものである。これは、西洋のオカルティストにもよく読まれているC.G.ユング『心理学と錬金術II』(人文書院、1976。P.20f)で紹介されたものであり、広く通用するものとして紹介するものである。また、12工程というイスラエル12支族、黄道12宮に対応し得るものであるから、汎用性も高いと思われる。

 各工程を表す用語の具体的は以下の通りである。説明は前掲ロバーツ(1999)の「錬金術用語解説」から引用した。機械的に引いたので、細かいズレがあるので留意して欲しい。また、ロバーツ(1999)と先にリストとして挙げた訳語が異なる場合は「・」の後にロバーツで使用された訳語を挙げた。()内のL, Eはそれぞれラテン語表記、英語表記であることを意味する。「」の後に列挙したものは前を象徴するものである。

 2−4 生命の木と錬金術

 GDでは、3原質のサインを木に投影する方法、及び生命の木における錬金術配属二種(全書上巻112頁)が伝わっている。それまでに勉強したセフィロトなどの性質などを考えつつ眺めていると、面白い気付きがあるかもしれない。生命の木に、シンボルと投影してみるというのは、おそらくGDが始めたことじゃないかと思うのですが、GDの得意技の一つといってよいのではないかと思います。なかなか面白い試みで示唆に富みます。GDではほかに六芒星、五芒星、ヘルメスの杖などを投影しています。


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作成者: TRK
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